また任務を終えて「職場」に戻れば、出迎えてくれるのは無機質なコンピューターとそれに酷似した研究員
別に今更何を期待した訳でもなく、ただいつものように私はそこに戻ってきた
それだけの話


「お帰りエイダ!」


静寂を破るように、場にそぐわない明るい声が聞こえる
軽い足取りで、私に抱きついてくる少女
少女、と言うより子どもと大人の境を行き来する、そんな曖昧な子
私は彼女の背中に腕を回して「ただいま」と返した


「珍しいわね、あなたが「外」にいるなんて」

「うん。今日はエイダが帰ってくる日だよ、ってアルに言ったら出してくれたの」

「そう」


にこにこと、無邪気に笑う彼女はいじらしげに何かを差し出す
手の平に乗せられたのは、ビーズのブレスレット
私に? と問えば、コクンと頷いた


「戻ったようだな」

「ええ。今回の任務は比較的簡単なものだったからね」



「なあに、アル?」

「部屋に戻っていろ。私もすぐ戻る」

「うん、分かった。早く来てね?」

「ああ」


そう言っては私から離れると、ウェスカーに寄り添いそしてその高い背を屈ませ頬にキスをした
まるでその光景は、猫が飼い主にじゃれているようで
この場所の白い猫は照れ臭そうに奥の部屋へと、走り去っていった


「……相変わらずね」

「今に始まった事ではない」

「それもそうね」


嫌味ったらしく溜息をついたって、サングラスに隠された冷酷な瞳に揺れはない
ウェスカーは私に書類を出すように命じる。私はそれに従って、彼の黒い手の平に書類を渡す
彼が素手で触るのは、武器と自分とだけ


「人を雑菌扱いして……」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も?」


疲れたから私は休むわ。そう言ってこの場を離れようとした


「待て」

「……まだ何か?」

の衣服の調達を頼む。またサイズが変わっていたからな」


Yes,bossと言って、私は自室の鍵を握った


冷酷で、非情で無慈悲。私がウェスカーに抱いた最初の印象
それは今でも変わらないし、その印象は正しく彼そのもの
部下達はみな、彼の頭脳に尊敬し彼自身に恐れを抱く
私自身も何度かそういった恐怖感を抱いた事があった

そんな彼が連れてきた存在が、だった

普段なら自分は動かず、私達に任務を遂行させるのに
クリス・レッドフィールドが少しでも絡むものだと、有無を言わさず外へ出向く
その日もやはり、彼が絡む事で
彼へ抱く憎しみの感情だけが、ウェスカーの唯一人間らしいところだった


『……ウェスカー』

『すぐに医者を呼べ。それから衣服だ』

『獣医を呼べばいいの? それとも人間の?』

『エイダ。お前には彼女が犬や猫に見えるのか?』


雨の日。ボロボロの布キレを纏ったを抱いて、ウェスカーは戻ってきた
はどこからどう見ても、暴行されたとしか思えなくて
顔は所々変色しているし衣服も着ていない

案の定医者に見せれば、そう言う診断が返って来た
医者が帰り、彼の自室に寝かされている彼女の横に座るウェスカーに私は問いかけた


『彼女をどうするつもり?』

『ここで保護する』

『保護? それこそ犬や猫と違うのよ? 彼女は人間、探してる人だっているかもしれないじゃない』

『構わん。どの道、ここは一般には知られていない場所だからな』

『彼女が発端で、ここの所在がバレたらどう責任を取るの?』

『その時はその時だ』


きっとこのまま言い続けてもメビウスの輪だろうと
溜息をついて私は、寝続ける彼女を見た

透き通るような白い肌に、東洋の顔
黒い髪が白いシーツに散らばる様は、まるで絵画のようで
思わず、息を呑んだ


『…まるでSnow Whiteね』


次の日の朝刊に、三人の不良が惨殺された事件が一面を飾っていた



の衣服を調達して「職場」に戻れば、ウェスカーは自室にいるとの事
さっさとこのしょうもない「任務」を終えたくて、迷う事なく私は彼の自室の扉の前に立った
ノックをしようと、無理矢理片手を開けた時


「……ぁ、アル……も、ダメ」

「まだだ……そう、お利口だ」


漏れる香りは華の匂い。聞こえる声からして情事なのだろうと
全く、と思いながら私は踵を返す
適当な研究員に私はの服を渡すと、今度こそ邪魔されずに休息を取りにその場を離れる


ショックで一切の記憶を失くしたは、ウェスカーを絶対の存在と認めた
どこへ行くのも、何をするにも彼の了承なしには動かない、従順な子
誰一人、笑顔で彼に接する事が出来ないのには、疑う事もなくその無邪気な笑顔を彼に与える
また彼もさえいればいいようで、片時も彼の支配下から彼女を解放しようとしない
どれだけ年齢が離れているのか。もしかしたら親子程かもしれないのに
彼らは確かに、恋人同士なのだ

ウェスカーは、に自分と同じウィルスを投与した
全てを同じにする為。いざと言う時、自分で身を守れるようにする為
一体どこまで過保護なのか。部下に対しては断片さえ寄越さないその優しさは
全てだけに向けられている

彼女への愛情と、クリスへの憎しみだけが彼の人間らしいところ
そう言う私も、に救われているのだけれど
だってこの場所の者はみな、によって救われている
あの、何も知らない白い笑顔に

それで全てが巧くいくのなら、今のままでも構わないのかもしれない
そう思いながら私は自室のシャワー室の扉を開けた





「ねえアル……私、幸せだけど、アルは幸せ?」

「ああ」

「ならよかった」


白いシーツに二人で横たわる
白い肌に黒髪の小さな少女と、全世界の敵であり彼女にとっては唯一の騎士
小さな笑いを零しながら二人は唇を重ねる










白い× 赤い×