途切れた音の後に、あなたの声を聞いた





朝から降っていた雨は、弱まる事なく窓ガラスを叩いている
どんよりとした鼠色の雲の隙間から、絶える事なく降り続く雨
いっそ全てを洗い流してくれればいいのに、なんて柄にもない事を考えた

手の平にはまだ熱を持ったままの携帯電話
真っ黒になった画面に写っているのは、私自身
先程まで通話していた彼女は、今どこにいるのだろう


『お久しぶり、元気にしてた? ……残念な報告よ』


綺麗な声は残酷な現実を紡いでくれた


『生き残ったのは、彼の宿敵の方……と言えば、大方見当はつくわよね?』


思い返す彼女の言葉に、握っていた携帯が鳴いた
世界の救済を、とその言葉を隠れ蓑にしてそれを手中に収めようとした
自分の望む世界を作り上げようとした、あの人は
その野望共々、かねてからの天敵に葬り去られてしまった




『……気に喰わない』

『何がだ?』

『分かってるくせに……本当に性悪』


薄いシーツ一枚を羽織って、二人で眠ったベッドの中
暗闇の中に細く光る赤い線。くつくつと喉を震わせて小さく笑う声も鮮明に思い出せる


『いくら資金が必要だからって、あんな言葉他の女に言うのね。躊躇いもなく』

『嫉妬か?』

『……そうよ、それが何か? 私には滅多な事があっても言わないくせに』


子供みたいに口を尖らせれば、そこに落とされたのは彼の唇
啄ばむように触れるそれが、私の唇を抉じ開けて強引に舌を絡められる
漏れる息、流し込まれる唾液とその熱が私を浮かび上がらせて
窓の外でしとしとと降る雨が、思えば行く先を暗示していたようにも思えた


『この世で言葉程信用できないものはない。それから、こうして触れるのはお前だけだ』


軽く抵抗する私をいとも簡単に組み敷いて、啼かせるあなたはもういない


『ウィルスは、何パーセントまで馴染んだ?』

『……っ、この前の結果だと……う、あ……ん、79パーセントだって……ああっ』

『……流石だな』


作り上げようとしていた世界に、人間のままの私の体はどうにも弱くて
唯我独尊のあなたが唯一、私にだけ施してくれた印
ウロボロスという名のウィルスは、意外な事にも私の体によく馴染んだ
目に見えて体の変化はなかったけれども、日に日に体内で蓄積される熱い力は自覚していた


『いずれ、もっと住み易い世界になる』


私の髪を梳きながら、彼は言った
その言葉を私は疑う事なく聞いていた

既存の世界にとって、彼のしようとしていた事が「悪」と認識されようとも、私にとっては彼が全てだったから
ありふれたどうにでもなる世界よりも、彼が作ろうとしていた「新しい世界」を見てみたかった
そうして、その世界で未来永劫彼の隣に寄り添う事が、私の生きる糧だったのに



「ねえ、アルバート」



最期の瞬間、あなたは何を想ったのだろう
無念? 後悔? 怒り? 今の私には想像もつかない感情なのだろうか
その時、少しでも私のことは思い出してくれたのか
刹那でいい。脳裏を掠めただけでもいい。私を、思い出してくれていただろうか

いなくなったあなたは、一体私に何を求めるのだろう
復讐を遂げて欲しいと思うのか、それともあなたが成し遂げられなかった「新しい世界」を
あなたがくれた力で、作り上げて欲しい。そう思うのだろうか





低い声が私を呼ぶ
あなたが今いる所はどこなのだろう

ズクリ、と下腹部が蠢く


「一つだけ、伝えてなかった事があるの」


ウィルスで超人的な力を手に入れていたあなたの遺伝子は、変化していたのだろうか
今、完全にウロボロスと馴染んだ私の体もまた、以前とは違うのだろうか
そして、その二つの変化しているかもしれない遺伝子を引き継ぐこの命は
「人間」として、生まれてくるのだろうか。それとも、未知なる力を引き継ぐのだろうか


「あなたみたいな……非道な人間でも、親になれるの……知ってた……っ?」


もし、あなたが復讐を遂げて欲しいと思うのなら、きっと今の私はそれを叶えてあげる事は出来ないだろう
今の私の中に渦巻く感情は、それとは程遠い

抱く感情が憎悪なんかじゃなく、ただ


「……会いたい……」










Wait for you










ありえないと、分かっていてもそれでも私は、あなたの帰りを待っている


Image song「Wait for you」by Elliott Yamin