今思えば、あの「仕事」に彼女を巻き込まなければよかった、と
適当な理由をつけて、故郷にでも帰らせていれば

目の前に横たわる体を見て、吐き気にも似た嫌悪感が浮かび上がる


思い出すのは、轟々と呻いていた機械のみで構成された、あの地下
眼前に確認できたのは、自分の裏切りを薄々感づいていたのか
いささか落ち着きを取り戻していたジル・ヴァレンタインと、怒りの色に表情を染めたバリー・バートン
それだけの筈だった

カプセルの中にある培養液が、減少していく
動き出したのは破壊兵器である、タイラントの心臓
その異様さに後ろの二人が身構えているのが、横目に見えた

計画が狂う予定は、なかった

無論、タイラントが暴れ出す事は予想していたし
自分自身が危うい事も、承知していた

カプセルの強化ガラスが割れ、大きな振動と共に目を覚ました暴君は
すぐ側にいた私を標的とし、その強靭な爪先で私の腹を貫いた

自分の筋肉が割かれる感覚、血液がまるで破れた袋から溢れるように噴き出す
投げ飛ばされ、少しずつ意識が飛んでいく時に見え、聞こえたのは


『隊長!!』


いつだったか彼女の非力な腕でも撃てるようにと、探したハンドガンを握った
私の肩書きを叫びながら、この場に飛び込んでくるシーンだった

一時的にだろうか、硬直が始まった首を動かせば
目に涙を溜め、一瞬で判断したのだろう
私を「殺した」暴君に、向かっていく

その知識と行動力を買われ、この特殊部隊に就任したばかりの彼女がタイラントに敵う筈もない

咄嗟の事で、アクションを起こせなかったヴァレンタインとバートン
彼らの横を走り抜け、暴君へと向かっていく


『あああああああああっっっ!!!!』


溜まった涙を落としながら、ハンドガンを撃つにタイラントが気がついた
装弾数十五発、全ての弾を撃ち切ったを待ち受けていたのは
私と同じように体の中心を、暴君の大きな凶器に貫かれる事で

暴君の半分以下しかない体は、いとも容易く貫かれる
その衝撃で彼女の体は宙を舞い赤い雨を降らせた

そして、丁度私の横にその体が着地した時にはもう
生きている者の目をしていなかった



ヴァレンタインとバートンが、なんとか暴君を鎮めこの場から離れていく
その事を確認した私は、ゆっくりと体を起こすと
もう一度カプセルの横に取りつけてあるパソコンを動かした

アクセス権がない事を告げられ、用のなくなったパソコンを私は拳で打ちつける
振り返れば、私の体が横たわっていた場所に首を向けたの体

裏切るだけの、駒に過ぎない
周りの目を誤魔化す、カモフラージュでしかない

それなのに、どうしてあの時私は
彼女の動かなくなった体を抱き、共にその場を離れたのだろうか



脱出用のヘリに乗り込み、私は中にいた隊員を立たせた
彼らが座っていた場所にの体を横たえる


『……蘇生措置を行いますか?』


一人が、そう声をかけてきた
目の前の、瞼を伏せたの顔を眺める

蘇生措置はただの人命救助ではない事なぞ、承知していた
不死身の体になる為の措置を行うと言う事であり
決して「人間」のままでいられない事など、自分の身を通して痛感していた

黙ったままの私に、それ以上誰も、何も喋らなかった


組織の施設に戻ってきた私の腕の中に、彼女の体がある事をほとんどの者が驚愕と好奇心の目で眺めている
私はある処置室を借りると、誰を引き連れる訳でもなくふたりでその扉を潜った

冷たい長方形の台にの体を横たえた
瞼が、その台の冷たさに跳ね上がる事もなく
自分の体に付着している、私の血との血が混じっている事に気がついた


「自分の非力さも省みずに、大きな敵に飛び込むとはな」


死後硬直が始まったのだろう、所々の筋肉が酷く硬く冷たいのを感じる
それでもまだ、血液のお陰か体温を保ったままの頬に触れた

悲しいと言う俗世の感情でもなければ、魂の半分を失うなどと言う崇高なものでもない
まさに今の自分の体と同じようで、一部分がぽっかりと削ぎ落とされた感覚


『隊長』


蘇る幻影の中のは、どうしてだろうか。いつもはにかんでいたような気がする


「お前は、捨て駒だ」


そうなのならば、どうして私は彼女の体をここに運んできたのだろうか
虚しく響く自分の声に喪失感を、ついに感じてしまう
しかし、その喪失感の原因を認めると最後、後戻りは出来なくなる


「お前は……」


頬に触れていた手の平を離し、体の横で握り締めた
その代わりに硬くなった体を抱き締める


『私、隊長に伝えたい事があるんです』


二度と聞けないであろう、その言伝を思い
完全に冷たくなり硬くなってしまった彼女の体を、そっと元の形に戻した


「……私の駒だ。無論、その命を失ってもだ」










太陽が見えない程の