忌々しい記憶が、夢になって鮮明に思い出される
忘れた筈、忘れたがっている筈なのに
どうして夢の中に、記憶の中にいまだ彼は存在し続けるのだろう

枕元に置いてあるミネラルウォーターに手をのばし、時計を見ればまだ世界は暗い時間
窓を見れば藍色が広がり、星が少しだけチラついている


数ヶ月前の猟奇事件から成長した事件は、街一つを地球上から消し
大切な仲間を奪い、そして残った仲間さえも散り散りにして
体に後遺症を、心に消えない傷を残し、今も苦しめる
迫り来る恐怖、それは異形のもの達から死を与えるもので
元は同じ筈だったものに、銃を向ける罪悪感
それは、今でも私に吐き気を覚えさせるには充分だった


「アル……」


なのに、私は、まだ

きっと死んでしまった仲間は私を、愚かだと笑うか罵倒するだろう

手に持つ写真立の中には、微笑む私と無愛想な顔をした愛しい人
金髪をオールバックにして、全身黒の装いで私の隣に立つ人
私を、仲間を裏切り私利私欲の為に命を危険にまで晒して
あまつさえか、その代償として命を奪われてしまった、馬鹿な人

ポタポタと落ちるのは涙
心の中に燻り続けるのは傷痕と、この想い

最後まで酷い人だったら、こんなにも苦しむ必要はなかったのに
最後もちゃんと裏切ってくれたら、今も愛し続ける事はなかったのに
狡くて馬鹿で、愚かな人。でもそれ以上に、愛おしい人


彼の吸っていた煙草は、まだ棚の中にある
服はまだ、クローゼットの中にある
銃は、私銃の隣に置いてある

私の家なのに、以前よりも彼の匂い、色が強く残っていて


二人で温めあった冬の温もりも
窓から入る風に心地よさを感じた夏の日も
一緒に手を繋いで、窓から見える風景を見た春の日も
入り込む赤い葉に、夢中になる私を咎めた秋の日も
全部綺麗なまま


「どうして、あの時……私なんて庇ったの?」


あの研究所で、化け物が分厚いガラスをぶち破り、襲いかかってきた時
それは、真っ先に本能で一番弱い私を標的にした
データを取りたければ、そのまま見過ごせばよかったのに

襲いかかってくるであろう痛みに目を閉じた私が、次に目を開けて見たものは
目の前で化け物の爪に貫かれている、アルだった
ジルもバリーも、驚愕の目で見ていたけど、それ以上に
私が、心が悲鳴をあげていた

地面に叩きつけられて、化け物は私達以外の二人を標的にして
私は咄嗟に、自分を庇ったアルに駆け寄った
見るからに致命傷のそれは、彼の呼吸すら奪っていて
習ったはずの応急処置も、積んできた経験もまるで役に立たなかった


『どうして! どうして裏切ったのに庇ったりしたの?!』

『っさあな。自分自身が、一番不可解だ』

『今手当てするから! 意識をちゃんと持っていて!』


サングラスで隠された瞳が僅かに揺れた
どうして俺を? そう言いたかったのだろう
でも、死期を悟った彼は、サイドバックに手をのばす私の手を制して
そのまま、自分の口元に運んだ


『……愛している』

『なんで、今になって……』

『きっと、最初からこうなっていた……』


軽く口付けされた手の甲から広がるのは、温もりで
轟音が響くと同時に、呼吸はとまり急速に体から熱が失われていった



「馬鹿な…人」


それ以上に馬鹿な自分は、今でも彼がくれたシルバーリングを外せないでいる
左手の薬指。光るのはそれで

去年、私の誕生日に、やっぱり無愛想に寄越したそれ
泣きながら喜ぶ私を抱き締めて、いつもは言わないような言葉をくれた



愛してる。今でも、こんなに
裏切られても、酷い扱いをされていたと分かっていても
全て、あの瞬間に帳消しになってしまったのだから
残るのは必然的に、愛情だけで

会いたい。けれど会えない
それは仲間を奪われ裏切られてもなお、彼を愛し続けてしまっている
私に課せられた、罰なのだから





Cry Cry Cry





image song「夢のうた」by倖田來未