※「太陽が見えない程の」「サヨナラ世界」の続編




横長のソファに並んで座っていた。
不意に彼女が呟いた言葉に、心臓の裏をひっかかれたような感覚を覚えた。


「最近よく思うよ、幸せだなぁって」


を、誰も知らない場所で、鳥籠の中に閉じ込めるように囲っている。
始めの頃こそ戸惑いはしていたが、すぐに順応し、俺の帰りを待つようになった。
近場への外出は許している。この界隈だけでなら友人を作る事も許可している。
それを窮屈とは思わないのかと聞いた時、彼女は「私、インドア派だから」と笑っていた。

は、S.T.A.R.Sにおいて優秀な部下だった。
彼女はアークレイの洋館で命を落とし、俺の手によって蘇らせられた。
一時は記憶も感情も失っていたが、あの日を境に以前の彼女に戻ったようで。


「……幸せ、なのか?」

「うん」


ためらう事もなく、あるがままの事実だと言うように、頷いた。

俺は、の最初の命を守る事ができなかった。
私利私欲のために、その体と命を弄んだ。
そして、彼女から仲間や家族を、生きる場所を奪った。
それなのには、俺の前で笑い「幸せだ」と。
怨まれて当然なのに、彼女はそれとは正反対の事を言う。


「どうして、そう思える」

「どうしてって……」


思わず口を突いて出た言葉は、純粋な疑問だった。
彼女は、手で包み込むように持っていたマグカップの中身を飲み、目線を下げてぽつりぽつりと零し始める。


「あの日、あなたを失ったと思った時に、私の世界は壊れたの。その後の事はよく覚えてない。でも、もう一度あなたに会えた」


が視線を俺の瞳に合わせる。
その目は、過去の事を思い出しているのか、照明の光をやけに反射させていて。


「それだけじゃない。こうしてずっと傍にいてくれる、私を愛してくれてる。だから、すごく幸せなの」


雫が頬を伝い、マグカップの中に吸い込まれた。
彼女は片手を空けて、袖で目元を擦る。

の言う幸せは、彼女の大切なもの達の犠牲で成り立っている。
それらを失う事になったのは、紛れもなく俺の存在のせいであって。
傷ついた筈だ。いまだに泣き叫んでいたとしても、おかしくはない。
なのに彼女は、まるでその不幸や痛みを忘れてしまったかのように、花を咲かせて言う。

果たして俺には、の隣にいる権利があるのだろうか。
俺が持ち得る愛とやらに、そこまでの価値があるのだろうか。

頬に何かが触れる感触がする。それは、彼女の指だった。
指の背で頬を撫ぜ、それから手の平で包み込まれる。


「ねえ、あなたは幸せ?」


まっすぐに向けられる視線。その瞳の中には俺が映り込んでいる。


「……ああ」


愛、なんてものは、俺にとって邪魔でしかないガラクタだと思っていた。
けれども、確かにそれは俺の中にも息づいていて。
創作された愛こそ美しく見えるが、俺のそれは到底美しいとは思えないもので。

縛りつけ、他の何にも触れられないように。雁字搦めにされている事を、彼女は気づいているのだろうか。

それでも、さえいいと言ってくれるならば。
醜く穢い愛でも構わないと思ってくれるのなら。
それで、彼女が幸せでいられるのなら。





幸せばかり与えてに不幸を忘れさせるなんて





Title by Lump 「ごめんね」の5つの理由