初めて彼女を見た時、体の奥底から欲しい、と思わされた。
純真無垢で、何も知らない、人形のような女。
それを自分の思うように育てられたら、と。

ガラス越しに、目が合う。
自然と浮かび上がる笑みを、隠す事はなかった。

初めて接触した時に、彼女がきちんと生きた人間だという事を認識した。
人形のようだとは思ったが、それ以上だった。

椅子に座り、俺を見上げるその瞳は、透明なガラス玉のようで、そうではなかった。
まるで、俺という存在を見定めるように。俺の全てを、余す所なく見ようとするその瞳。
最初こそは不快感を覚えたが、その瞳が彼女本来の好奇心からくるものだと分かった時、背筋に悪寒にも似た衝撃が走った。
この俺に対して、そんな目を向けてくる人間なんて、ほぼ存在しないに等しかったからだ。

それから、時間を見つけては彼女のもとへと訪れた。
研究員から聞いていたので、彼女の知識量やそのポテンシャルは把握していた。
それを、もっと自分寄りに育てたいと、手土産に何冊もの本を持っていった。
そのどれをも喜んで受け取ったが、たまにはいいだろうと思って持っていた菓子の方が断然に喜んでいたので
気づかないうちに、菓子の方が頻度は高くなっていった。

俺が名乗ると、勝手にアル、と呼ぶようになった。

人に物事を教える事なぞ、造作もない事だったが、それでも彼女はよく喰らいついてきた。
分からないところは分からないといい、分かるまで追求しようとする姿勢。
その姿勢が気に入って、俺もとことん教える姿勢を貫いた。

けれど、彼女が最も知りたがっていた事は、外の世界の事だった。

当たり前かもしれない。生まれた時、正確に言えば物心ついた時からこの施設の狭い一部屋で生活をし
研究員や俺以外の人間と接した事はなかったのだから。

研究員からは、実験の妨げになるような事はしないように、と言われていたが、俺の知った事ではなかった。

気まぐれに、空の話をした。
俺自身が、時折空を眺める事もあったので、その話になったのかもしれない。

実物を見せる事は叶わなくても、写真くらいは許されるだろうと、自分で撮った写真を持ってきた。
それを眺める彼女の瞳は、それこそ星のように輝いていた。


「この写真は、アルが撮影したの?」

「そうだが」

「とても綺麗な写真。アルみたいね」


なんの計算も、損得も考えていない、純粋な言葉だった。

彼女が俺の何をもって綺麗だと言ったのか定かではないが、そう感じたからこそ出た言葉だったのだろう。
それを、柄にもなく喜んでしまった時、気づいた。
いつの間にか、胸中を彼女に占められている事に。

最初は、綺麗なものを汚したいという欲求だったのかもしれない。
もしくは、彼女の後ろに自分を見たのかもしれない。
それももう、関係のない話で。

触れれば触れる程、彼女という人間の奥深さを知った。
もっと知りたい、知りたいと思えば思う程、その瞳に魅了されていった。

幸運な事に、彼女も同じ想いを抱いていた。
そして、鳥籠の鳥はついに外へと羽ばたく事を願った。
俺は、その手助けをしただけの話だ。


初めて本物の空を見た時の彼女の横顔は、俺の人生の中で最も美しいものだった。